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あの紙衣裳を着た神主達は今どこを歩いているのだらう。どこかの空地で、ばさばさ音をたてる袖口をたくし上げて、握飯をほゝばり、お茶を啜つてでもいるだらうか。きまりは、町の端々から通りといふ通りは、どんなところでも歩かねばならないのだ。昨日まで迂散うさん臭い顔で紙衣裳を眺め、触つてみようともしなかつた房一は、いよいよ着こむときになると案外な度胸を示した。ボール紙の冠をかぶり、紐を顎の下できゆつと結ぶと、肉づきのいゝ顔を一寸ひきしめて、どうだ!といふ風に盛子に擽つたさうな目をくれた。それはとにかく珍妙ないでたちにちがひなかつた。が、しかし、たとへ紙にもせよ、一定の式服といふものの持つ効果はたしかにあつた。それは本物のそれのやうではなかつたにしても、とにかく何かしら堂々としてはいた!そして速製の「威儀を正した」顔さへ自然と誘ひ出しさうであつた。
「畜生、おぼえていろ。」
「まだ、まだ」
それは背広姿に、遠目にもはつきりと判る緑色のソフトをかぶつた男であつた。
かうして、予定の時刻を大分遅れて小学校の校庭に辿りついた時には、腹は空くし全く放々の態であつた。が、遅れたのはその一隊ばかりでなく、所々で踊りを見せながら山車だしを引つ張つて来る組も、他にも大分遅れる組があつた。で、彼等は気をとりなほして万歳を三唱し、直ぐに思ひ思ひの所に散らばつて焚出たきだしの握飯をほゝばつた。もうこゝは町内であるから、たくさんの見物人が集つて来ていたが、午前の一歩きですつかりへこたれ、埃で顔が黒くなり、疲れた彼等は、そのおかげでもう照臭さも何もなかつた。
「ぜひ、さういふことに」
「どうしませう、ほんとうに!すつかり落しておしまひになつたんですのね。――どうも、さつきから様子がちがふと思つていたんですが、道理で!――さうでしたわねえ、お髯がなくなりましたわねえ」
それを今又さつぱりとやつてしまつたのだ。髯のなくなつた彼の顔は、ずつと前のそれに逆戻りはしないで、病後の面変りも手つだつて、その円つこい縮ちゞかんだ輪郭が何かしら小さく、愛くるしげに見えた。
道平は顎髯を剃り落してしまつていた。
と、下の男は睨み上げた。
「はあ、それは――」
「あゝ、まだ持つてる!」
診察室に出てみると、三十歳前後の一見して重症の貧血だと判る農夫が待つていた。房一にはその男が近在のどこの部落の者だか心覚えがなかつた。開業してから七八人目の患者だつたが、これまでのは町内の者が半ばお義理から、半ば好奇心から房一の診察をうけに来たのにすぎないので、この男のやうに見覚えがなく又相当重症の患者にぶつかるのは今がはじめてだつた。