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それで安心したやうに引つこんだが、しばらくすると又のぞいた。
練吉はまだ眼鏡を手にしたまゝ、不自然に大きく見える眼を極端にぱちぱちさせ、ぢつと房一の顔をのぞきこんでいた。彼は今さつき、突然の房一の来訪でよび起されたのである。
だが、さういふことは練吉は今まで考へたことがなかつた。その必要もなかつた。それは単に一つの習慣、彼自身のと云ふより、河原町に張りわたされているあの根深い習慣のおかげだつた。
もう一度小学校の校庭まで辿り着いた時には、衣裳がくたくたになつたのと疲労し切つたのとで、行列をつくつて歩いている間に自然と現れていた共通の類似、あの正面を切つたまじめさが消え失せ、代りに日頃のそれぞれな持前が、尖つた顎だの鹿爪らしい顔つきだのいふものが今や歴然と姿を現した。まだ解散にならぬ前から気早やに冠をかなぐり取つた者もいたし、衣裳をぬぎにかゝつた者さへあつた。
「やつぱり、あんただつた」
正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。
「をかしいからとは何ごとだ。火事だといふから手伝ひに来たんぢやないか、そして溝に落ちたのが何がをかしいんだ」
「さあ、知らん」
彼が冠をとると、円味のある顎肉には紐の痕が紅く残つていた。
その時、突然練吉は、房一がさう云ひかけたまゝ当惑した表情になつたのを見た。
「どうして又今まで黙つていたのかね」
川では鮎漁がはじまつていた。
徳次は笊を差出した。