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房一は熱心に愛想よく椅子をすゝめた。
男は始めにびつくりさせられて、今さう聞くと多少のみこめて来た様子であつた。どこも悪くないと云はれたこともうれしかつたらしい。房一はその腕をひつぱつて顕微鏡の前につれて行き男にのぞかせた。
「うむ」
庄谷は自分よりは高い相手から見下されるのを避けるやうに少し遠のくと、房一の改まつた服装を胸から下にかけてぢろぢろと見た。
その間に、房一は駆けつけて来た駐在所の加藤巡査としやがみこんで、しきりと善後策を講じていた。傍には練吉も、神原喜作も、小谷も、それから徳次の顔まで見えた。徳次はきよろりとした眼を一層大きくし、加藤巡査と房一とが話す様子を熱心に見まもり、時々うなづき、口をもごもごさせて、何か云ひたげにしていた。加藤巡査はさつきから人々の塊りの間を説得して廻つていたが、無駄であつた。今や驚くほどの寒さが感じられたにかゝはらず、加藤巡査の顔は疲労し、汗を浮かべ、しきりに手真似を入れて話していた。明かに出張所側の手落ちだつた。が出張所の側では門を固く鎖ざし、どこかへ引きこんでしまつているので、話のつけやうがなかつた。
ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。
「いつから――?」
「どこの帰りかね」
「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」
「さう、知つてる、知つてる」
「さつき着いたばかりの新聞で見たんだがね、――堀内将軍がいよいよ凱旋されるさうだ」
うまい工合だと感じた房一はすかさず云つた。
「まあ、生れ故郷ですから」