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    ここの温泉は、私にも、いくらかヌルすぎる。というのは、胃のところが冷えてくる。けれども胃の上へタオルをのッけておくと、冷感が去るので、入浴しているうちは、たのしい。私は三十分から一時間、時には一時間半はいっていたこともある。だんだん、ねむくなる。枕があったら、このまま、ねむりたい、と思うことがあった。

    半之丞の話はそれだけです。しかしわたしは昨日きのうの午後、わたしの宿の主人や「な」の字さんと狭苦しい町を散歩する次手ついでに半之丞の話をしましたから、そのことをちょっとつけ加えましょう。もっともこの話に興味を持っていたのはわたしよりもむしろ「な」の字さんです。「な」の字さんはカメラをぶら下げたまま、老眼鏡ろうがんきょうをかけた宿の主人に熱心にこんなことを尋たずねていました。

    客の心持が変ると共に、温泉宿の姿も昔とはまったく変った。むかしの名所図会めいしょずえや風景画を見た人はみな承知であろうが、大抵の温泉宿は茅葺屋根であった。明治以後は次第にその建築も改まって、東京近傍にはさすがに茅葺のあとを絶ったが、明治三十年頃までの温泉宿は、今から思えば実に粗末なものであった。

    町の一部では房一が「席を蹴立てて帰つた」といふ評判だつた。それが何か乱暴でも働いた、といふやうに伝つて、噂を聞いた老父の道平は河場からわざわざ様子を聞きに来た。

    「あれらしいのよ」

    そこで自分がどんな取扱ひをうけるか、あたり前の医者としてか、それとも単に「芋の子」に過ぎなかつた高間道平の憎まれ息子としてか、房一は少からず興味を持つた。が、大体予測がつかないではなかつた。きつと、医者として認めたがらない気持がそのまゝ現れるだらう、と。

    「わたくし儀ぎ、金がなければお前様まえさまとも夫婦になれず、お前様の腹の子の始末しまつも出来ず、うき世がいやになり候間そうろうあいだ、死んでしまいます。わたくしの死がいは「た」の字病院へ送り、(向うからとりに来てもらってもよろしく御座ござ候。)このけい約書とひきかえに二百円おもらい下され度たく、その金で「あ」の字の旦那だんな〔これはわたしの宿の主人です。〕のお金を使いこんだだけはまどう〔償つぐのう?〕ように頼み入り候。「あ」の字の旦那にはまことに、まことに面目めんぼくありません。のこりの金はみなお前様のものにして下され。一人旅うき世をあとに半之丞。〔これは辞世じせいでしょう。〕おまつどの。」

    しかし家族たちはヌルすぎるといって、入浴しなかった。そこで温泉加熱の装置を施したが、薪をたき、釜の中をグルグルまいたパイプに水道を通し、湯となって湯槽へ流れこむ仕掛けで、入浴している方は温泉気分であるが、外では薪をたいているのだ。温泉場で釜の火をたくとは味気ない話だ。

    さう答へながら、房一はふいに、競馬場で会つた相沢のことを、そのとき彼が何だか意味ありげに云ひのこして去つた言葉を思ひ出した。

    庄谷の細い眼が又微笑した。だが、その瞬間に現はれたほんの少しの人なつこさ、古い記憶のほのめきは、すぐ又大急ぎでどこかへ隠れこんで行くやうに見えた。

    かういふ彼であつたが、河原町の人々は彼に対して一種の親味と同時に、河場者、他所者といふ一瞥を決して忘れなかつた。彼の席順はやはり低かつた。それでも彼は一度も不満の色を浮べなかつた。

    だが、さう云つてすゝめる当の小谷には、その細面の小柄な様子には、何でも似合ふやうなところがあつたので、この紙衣裳さへ似合ふにちがひなかつた。小谷は何とかして、この場で房一に着させよう、その効果を楽しまうと考へているらしかつたが、房一が相手にならないので、話を他に持つてゆき、いきなりこんなことを云ひ出した。

    「血圧は少し下つたしね」

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